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日本キリスト教団 新松戸幸谷教会

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コラムcolumn

人生の扉

2010/12 「共」という字が持つ意味
与えられた環境の中で「部分」としてしっかり務めを果たして生きたい
 「共」(とも)という字が人間関係を表現するために使われることが多いのではないかと思い「きょう」で「広辞苑」を調べてみました。ざっと見ただけですが24くらいありました。そこで、「共」という字を拾い出して一つの文章を作りました。「ある共通なことを共同(共働)して行い、そのことに共感、共鳴して共存、共生し共栄する」。この文章の意味は人と共によりよく生きるためには共通な課題を持ち、そのことに共同して働くことで共感、共鳴が自然と出てくる、それが共存であり、共生であって生きることが豊かになる(共栄)ということです。

 ところが今の社会は、このようなことがどれだけ行い得ているでしょうか。最近よく耳にするのは「孤独死」です。一人の人が誰にも知れずに亡くなっていく、そのような現実が、今の社会に起こっているのです。このような言葉が出てくること自体、現在の日本の姿をあらわしているのです。何とさびしい言葉でしょうか。「無縁」は「共」とは関わりをもちません。それだけ「共」という言葉の持つ意味を喪失しているのです。

 キリスト教は「有縁共同体」です。それは週に一回「礼拝」を守る「礼拝共同体」なのです。そこには老若男女を問わず、あらゆる年代の人が集まります。そして全ての人が神様のもとに平等です。「キリスト教」は「キリスト共」なのです。イエス・キリスト(神)が、わたしたちの生活全てに「共」にいて、わたしたちの人生を守り導いてくれるのです。

 聖書に「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」(ロ−マの信徒への手紙12章15節)とあります。キリストが共にいてくれることを思い起こし、隣人と共に生きることを再確認することがクリスマスなのです。

 よいクリスマスをお迎えください。
 新松戸幸谷教会牧師 吉田好里


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